
ぼくも若い頃にひどい腰痛を体験したので、患者さんの苦しみがよく分かるんです。
「いつまでも健康でいたい」—。
誰でもそう願うはずですが、何かとストレスが溜まりやすい現代は、肩こり・腰痛・自律神経失調症・うつ病など様々な〝不調〟が私たちを襲いますよね。
整体と氣功を主に行っている『東洋整体研究所』には、これらの症状に悩む人々が多数訪れています。所長の渡辺潤さんは、柔道整復師歴30年のベテラン。自身も過去にひどい腰痛や自律神経失調症に悩まされたという渡辺さんに、この道に入ったキッカケや、節目を迎える今の心境をお聞きしました。
自らも腰痛に悩まされた過去
ぼくがこの道に進んだキッカケは、自分自身も過去にひどい腰痛に悩まされたことです。明治大学に入学してすぐ、突然の腰痛と坐骨神経がジュクジュクと痛みだして。病院で注射を打ったり薬を飲んだりしたのですが、当時の技術では全然良くならず、逆にひどくなったりも…。その後も病院を転々とするも良くならず、ちょうど夏休みに入ったので釧路へ戻り、こっちの病院へ行きました。「ヘルニアの疑いがあるから、牽引治療をしましょう」と、1ヵ月間入院して滑車で下半身を引っ張りましたがやっぱりダメで、さらに「手術という手段もあるけど、うまく行かなかった場合は下半身麻痺になる」と言われて。手術すらもリスクが高いなんて、当時20歳だったぼくには相当のショックでしたよ。退院しても家では寝たきり状態で、美味しいものを食べてもテレビを見ても、「楽しい」と思える余裕がない日々。腰が治って喜んでいたら、それは夢だった…そんな毎日が続くくらい、精神も病んでいました。
結局何十軒もの治療院へ行きましたが良くならず、痛みに耐えかねたぼくは「失敗してもいいから手術を受けたい」と決心しました。でも大学の先生は「手術は最終手段にしたほうがいいよ。函館にいい先生がいるから、行ってみたら?」とおっしゃって。最後の望みを賭けて、函館の治療院へ行くことに。でもこれが大当たりで、翌日にはスタスタと歩けるくらいまで回復したんです!この時治療をしてくれた先生が、後にぼくの師匠になる片井雄一先生。今までの「もう一生歩けないんだ」という絶望から、「社会復帰できるんだ!」という希望が見えたときほど、嬉しかったことはありませんでしたよ。体を治してくれた片井先生が、まるで神様のように見えました。大学にも戻ることができ、柔道やボクシングを思いっきり楽しんだのを覚えています。
この片井先生が「柔道整復師になってみたら?」と薦めてくれたのがキッカケで、大学卒業後は昼は治療院で働き、夜は専門学校で柔道整復師の資格を取るための勉強に励みました。治療院では、『全日本氣功連合会』の会長を務める青柳修道先生という有名な方から、氣功を教わりました。でも最初は、全然氣功に興味がなかったんです。ハデな道着を着て「エイッ」と言いながらピースをする練習法を教わったのですが、かっこ悪くて(笑)。それでも2年間習い、今度は函館の恩師・片井先生に弟子入りして整体を学びました。この時教わった『操体法』は、今ぼくの治療で役に立っています。練習は眠れなくなるほど指が痛くなり大変でしたが、3年間やらせていただき、釧路へ戻ることに。そしてついに、『東洋整体研究所』を開院することになったんです。
二度とない〝20歳〟という時期を、痛みと絶望に襲われながら過ごした渡辺さん。そんな渡辺さんを救った恩師・片井先生の薦めにより、柔道整復師の道を歩むことになった。渡辺さんにとって、『氣功』はどのような存在なのだろうか。
身をもって体験した、『氣功』のチカラ

最初は実家のすぐ隣に治療院を開いたのですが、都会に憧れて東京の吉祥寺へ診療所を移すことにしました。でも母親がリウマチになり、その治療のために釧路へ戻り、北大通で診療所を開いた後、今の場所に移ったんです。31歳で家を建てたから、一生懸命働きましたよ。
ところが…いつものように患者さんを治療していたら、突然心臓がピクピクとけいれんして、息苦しくなりました。こんな経験は初めてだったので驚いて、すぐに病院へ駆けつけました。でも心電図は「異常なし」で、神経の使いすぎによる自律神経失調症ということで安定剤をいただいたのですが、良くならなくて。心療内科で検査をしても「異常なし」と言われましたが、不安で仕方がなくて東京へ行き、前にお世話になった青柳先生を訪ねたんです。そうしたら、「渡辺くん、氣功やってあげるよ」って。40秒くらいやってもらったら、頭がジーンとしびれてきました。「どうだい?」って聞かれたので「頭がしびれています」と答えると、「そうじゃなくて、心臓はどう?」って。あれ?そういえば、心臓のバクバクが取れている!氣功は習ったけど自分がやってもらうのは初めてだったので、「氣功ってスゴイ!」と改めて感動したんです。ぼくは再び青柳先生の元へ通い、氣功を教えてもらうことに。その後、浦田紘先生という方にも習って、ついに氣功が出せるようになったんです。
診療所でもさっそく氣功を取り入れると、治療の幅が広がりました。腰や膝などの治療に来る患者さんだけではなく、更年期障害によるうつ病やパニック障害など精神面のケアにも役立ったんです。ぜんそくの子どもや不眠症の方にも効果が感じられ、氣功って本当にすごいなと思いましたよ。親子三代に渡って来てくれる患者さんもいて、ありがたいですよね。よく患者さんから「どうして痛い部分が分かるの?」と聞かれますが、長年やっていると体のパターンのようなものが分かるんです。治療をする時も、体が勝手に動く感じ。それと、よく患者さんにジョークを言うのですが、それは単に癖ですね(笑)。楽しい雰囲気を作って、リラックスしていただきたくて…。
圧倒的な威力で渡辺さんを驚かせた氣功。習得した後は、より多くの患者さんのケアが可能になった。この道に入って30年を迎える今の心境は…?
治療をしている時の自分が、一番“自然体”!
柔道整復師になって、来年で30年が経ちます。飽きっぽい性格のぼくがここまで続けて来れたのは、患者さんから「ありがとう」って感謝されるのが嬉しいからだと思います。20歳の時に腰を痛めて片井先生に治していただいた経験と、35歳の時に青柳先生の氣功を受けて神経の病気を治していただいた経験…この2つがあるから、今こうして患者さんを治すことが出来るんだと思います。その苦しみがよく分かりますから…。
今は月に1回、日本体育大学へ通い体操部と水球部に氣功や整体を教えています。楽しそうに練習している姿を見ると、こっちまで楽しくなりますよ。若い人にも整体に興味を持ってもらえると嬉しいですね。
実はぼく、学生時代は教師になりたかったんです。実際に教員採用試験にも受かっていたのですが、結果的には柔道整復師としての道を選び、教師だった父親をガッカリさせました。でも「人のためになる仕事だったら、何でも一緒だよ」って言ってくれたので、救われた気がします。このまま患者さんを治すことに満足しながら、一生を過ごしたいですね。「健康」はお金に代えられない、貴重な財産です。でも人間って、辛い体験をしないと健康のありがたみは分かりません。この仕事が「天職」とまでは言いませんが、治療をしている時の自分が一番「自然体」なのかもしれませんね。患者さんがいる限り、そして体が元気な限り、ずっとこの道で頑張っていきます!
月刊fit2009年11月号に掲載